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寄稿文

病院建築計画の変遷

横河の医療のいままで×これから

松江赤十字病院(1968年当時)

Talk Member

  • 中山 茂樹 | なかやま しげき

    千葉大学名誉教授。1954年東京都生まれ。千葉大学工学部建築学科卒業、千葉大学大学院工学研究科修士課程修了、東北大学工学博士。千葉大学大学院工学研究科・工学部教授。ルーバン大学訪問研究員(ベルギー)。日本建築学会、日本医療・病院管理学会、日本医療福祉建築協会、日本医療福祉設備協会会員。

Theme 01

量的推移と病院の主体

第2次世界大戦直後、病院数はわずか645であった。その後、経済の復興に歩を合わせ医療施設は急速に充足していった。1990年、病院数は最大値(10,096病院)を迎えた(図1)。
国民皆保険制度が敷かれ、誰もが廉価で最良の医療を受けられるようになった。1980年代半ばまで、病床を増やせばそれだけ収益につながった。この時期の病院の主体は事業者にあり、医療者にとって機能的で合理的な設計が追求された。病院建築の大きな目標は増大する医療需要に応えられることであり、増床の機会を見つけ、さらに規模拡大をめざしていた。
1982年、「医療費亡国論」が叫ばれ、社会保障制度を維持するには早急な改革が必要だと指摘された。病床規制を含む医療計画が制定され(1985年)、増床は不可能となった。また病床過剰地域も散見されるなど、病院間の競争としての患者サービスの向上という視点が出てきた。「癒しの環境づくり」が病院建築のキーワードとして認知され、病院の主体は患者の視点にシフトした。量的充足の要求から質的充足の時代となり、競合に勝つための経営判断が求められるようになったのである。医療の器としての病院建築は、成長と変化が求められたが、増床の志向はなくなった。
医療サービスの質を評価する日本医療機能評価機構が設立され、また、JCI(Joint Commission International)による認証制度の普及など、2000年以降、病院は第三者の評価・認証にさらされている。いずれも医療の質、すなわち「患者(医療)安全:Patient Safety」の達成である。これまで医療者にとっての機能性、患者にとっての快適性が重視されてきたが、病院という施設では「安全」が何より優先されるという評価であり、建築に対しても厳しい要求がある。

人口推移と病院計画目標

1945年の我が国の人口は7,200万人、ピークは2008年の1億2,808万人であり、その後は減少に転じ、今後50年ほどで終戦時と同程度まで落ちることが予想されている(図2)。
ところで、これまでの病院建築の寿命はせいぜい25年から30年といったところであった。地価の高い日本では、建物に手を入れて長持ちさせるよりも、陳腐化したらスクラップ・アンド・ビルドによって建替えたほうが経済的だ、という考えが一般的である。多くの病院が規模拡大・増床による収益拡大を見越し、30年という短い間隔で更新が行われた。もちろんその間にも、改修や増築などによる建築的対応はあったが、大規模な増改築をするより新築が選択されたのが普通であった。
昨今、建替えられた、あるいは検討中の病院は1980・90年代に建てられたものであろう。当時、病院建築を長く持たせるために、成長と変化への対応が必要だと強調されていたはずであるが、やはり30年前後で建替えられているのが現実である。
さて、これからの人口減少時代に建てる病院の計画である。高齢者の絶対数はいましばらく増加し続けるが、そのピークは2040年で、その後は高齢者数も減少する。あと17年である。これから建てる病院は高齢者数も減っていく時代にも使い続けることになる。このような時代に活動を続ける病院建築はどのようなものなのか。いくら医療技術が進化し続けるとしても大幅な増築は考えられない。むしろ病院はコンパクトになり、加えて在院期間のさらなる短縮化により、その状況は加速がかかる。今後は病床削減、そして減築という事態への対応が必要となることは明らかであろう。公立・公的病院の再編統合を促す424病院の発表(2019年)を見れば、病院の廃止を進める法的整備が発せられる可能性だって想定される。

図1 病院数と病床数の推移
図2 人口推移と病院建築の寿命
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Theme 02

写真1 鳥取赤十字病院

病院が増加し続けた時代、既存病院を建替える場合、郊外の広い敷地を求め、移転新築することが普通だった。街中から離れることには地域住民の不安や反対もあったが、移住してくる新住民は周辺地に住居を構えたし、既存住民もロードサイドショップが充実しはじめた郊外に新しい住居を求めたので、病院が移転してもさしたる問題は発生しなかった。建築にとっては、面積の広いまっさらな敷地に建てる方が、どれだけ設計が行いやすいことだったか。
しかし、これが中心市街地の空洞化問題を生んだ。車で移動する世代はよいが、それが難しい高齢者は通院にも障害が出るなど、徐々に深刻化しはじめた。
このような状況を反省し、病院の現地建替え事例が増えてきた。しかし、現地建替えが容易なほどの十分な敷地面積を有していないケースも多く、その設計・施工には段階的整備を含め多くの工夫が求めらる。
その例を鳥取赤十字病院に見てみよう(横河建築設計事務所、写真1)。旧看護専門学校・宿舎を解体し、タネ地を設定、地盤嵩上げなどを施したのち新館1期棟を建設。次に旧C館を解体し新館2期棟を建設し、さらに旧B館を改修する工事であった。おそらく移転新築よりはるかに時間と費用のかかる工事であろう。なにより巧みな設計上のノウハウと施工に対する配慮が必要に違いない。
このプロジェクトはまちにおける病院の意味・役割を継続することが、最大の目的であると思う。鳥取市の場合、大規模急性期病院として他には市街から少し離れた県立中央病院と駅反対側に立地する市立病院がある。
このような状況で鳥取赤十字病院が郊外へ移転したのでは、市街地での生活の維持が急速にそがれることは明らかであろう。現地建替えはまちづくりの一環であると考える。

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Theme 03

患者本位の病棟計画

図3 多床室におけるトイレ配置の変遷

かつて医療機能の充足が最優先であった病院づくりに、患者目線を導入し、癒しの環境の形成が言われたのは、上述したように1980年代半ばからであった。この変化は病院内のいたるところに現れているが、ここでは患者の生活の視点から病棟トイレに関して若干の問題提起を行いたい。
かつて患者トイレは、病棟の中央に男女別にまとめて1ヶ所に設けられるのが普通であった(集中型)。そのため高齢者はもちろん術後の若い患者も遠いトイレまで行くことができず、ベッド上での排泄を余儀なくされていた。カーテンを引くとはいえ、他の患者のいる中で排泄を強いられるのは、尊厳をないがしろにするものであるが、「病院だから仕方がない」と容認されてきた。「『這ってでもトイレに行きたい』は患者の切実な願いであり、それを達成するにはできるだけ近い位置にトイレを設けるべきである」、として多床室ごとのトイレ附設が提案された(分散型)。この提案は徐々に受け入れられ、それが当たり前の形式となってきた。しかし、2010年以降、多床室すべてにトイレを設けるのではなく、廊下から入る病室附設トイレを他の病室の患者も利用する形式(半分散型)や、個室トイレブースを分散配置しすべてのトイレを共用とする形式(共用型)などの採用例が目立つようになった(図3)。
この状況をどう解釈するのか。「這ってでもトイレに行きたい」という患者の願いは達成されているのか。音や臭いの問題、待ちの心配などから半分散型・共用型が導入されているが、それが患者サービスにつながるのか検討したい。

患者主体の病棟計画か治癒環境の創造へ

写真2 羽生総合病院

入院期間はますます短縮している。入浴できるくらいなら、急性期病院に入院している必要はない。となると、急性期病棟は癒しの環境づくりを超えて治癒空間に徹するべきだ、という考え方も今日的であり近未来的だ。この概念の実施例を羽生総合病院(横河建築設計事務所、写真2)に見ることができる。
1980年、神戸市立中央市民病院はアイコンタクト病棟と称して、ガラス壁の病室で中央のNSを囲んだ。観察が容易で患者安全を守るには最も機能的であるとして、病院建築界で注目された。しかし、その後この形式を模した病棟は現れなかった。おそらく当時は急性期と言ってもかなり長い入院期間であり、その期間、常に看護師に見張られているのは辛いという患者の反応があったからではないかと推察する。
羽生総合病院は、1看護単位を二つのユニットに分け、30床程度のユニットの中央に島型のNSを置き、周囲の病室を容易に観察できるものとなっている。入院期間が2週間を切る病院だからこそできたものであり、これからの急性期病棟の姿だと思う。これが治癒環境の姿と言ってよい。

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Theme 04

いままで経験していない人口減少社会の中で、高度な医療提供が求められ、しかも建築の寿命は延びていく。このような中で未来の病院建築の姿を想像することは極めて難しい。しかし、これまで培った多くの経験に加え、建築計画としての新しい挑戦魂をもって、次世代の病院建築をつくる必要がある。病院建築を専門としている設計者には、大きな期待と使命がかかっていることを覚悟していただきたい。

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創立120周年を機に、医療・教育・物流の3つの分野において横河建築設計事務所の
「いままで」と「これから」を有識者とともに語り合います。